Owl Chapman

このボードをオーダーしたのは、ボクがハワイに通い始めて3回目、今から15年ほど前の1998年だった。

友人と毎年恒例(まだこの時点では 3 回目ですが)の、冬のハワイ・ノースショアへサーフトリップに向かった。

その日はサンセットビーチがブレイクしていた。サイズは 6 ~ 8 フィート。沖にはピーター・コールやサンセットビーチのローカルサーファーがサーフィンしており、インサイドにはチューブもある良い波だった。 当時まだまだ未熟だったボクたちには到底太刀打ちできない波で、ボクらはビーチに座って彼らのライディングに見入っていた。

サーフィンを終えたサーファーのひとりが、ボードを抱えて友人と談笑しながら僕たちの近くを通りかかった。
見ると、オウル・チャップマンのボードではないか。オウル・チャップマンはサンセットやパイプラインを滑るサーファーでもある。 思い切って、「君のそのボードを見せてくれないか」と声をかけると、快諾してくれた。

サイズ 7’6”( 228.74 cm )のピンテールのガンで、 シェープはハワイのビッグウェーブライドで有名なオウル・チャップマンだ。 美しいな…

なめるように見ていると、ボードの持ち主と一緒にいたもうひとりのサーファーがたずねてきた。
「君たち、オウル・チャップマンのボードが欲しいのか?」

「このボードは本当に素晴らしい!欲しいけど…
今のボクたちには買えるほどのお金の持ち合わせがないんだ」

「このシェイパーはボクの友人なんだ。一緒に行って頼めばそんなに高額にならないさ。  欲しいなら、一緒に行ってあげるよ。どう?」

それを聞いた瞬間、ボクの友人は即座に右手を差し出した。
「本当ですか!ぜひお願いします!」
なんと気さくで、いい人なんだ!
後に、彼の名前はジムと知った。v ハワイ在住のアメリカ人で、バリにも時々やってくる。
彼とはこの時出会って以来、今も何かとお世話になっている。
出会いとは不思議なものだ。
今だから言うけど、正直言ってその時、ボクはあまり乗り気じゃなかった。 けれど、金額が日本でボードをオーダーするよりも遥かに安いことには魅力を感じていた。 オウル・チャップマンが、ボクが大好きな鎌倉の「ディックブルーワー」のシェイパーたちと同じ、ディック・ブルーワー氏に師事したという点にも惹かれてはいた。 友人の強力な推しもあった。

そして、ボクも右手を差し出したのだ。
「ありがとう。頼むよ!」

ディック・ブルーワー氏はカウアイ島在住で、ロングボードからショートボードへと新しいボードが生まれるサーフィンの歴史的な変革期を支えた名シェイパー。今も、ワイメアやジョーズといったビッグウェイブに挑むために、彼にボードを削ってもらうサーファーも多いレジェンドだ。
2日後、ボクらはジムに連れられて、オウル・チャップマンのシェイプルームを訪れた。 彼はちょうど 10’00” のエレファントガンを削っていた。
僕たちに気付くと手を休めて、話を聞いてくれた。

「どんなサイズが欲しいんだい?」

まずは友人がはりきって答えた。
「日本で使うので、6’00”(183 cm)の 4 フィン(クワッド)が欲しいんです!」 ボクも続いて
「 6’2”(188 cm )のシングルフィンが欲しいです」
v 彼は一瞬、キョトンとしてから、「シックス?シックス?」と何度も聞き直した。
彼にしてみればここはサンセット、季節は冬。
必要なのは当然ビッグウェーブ用のガン以外ない、と思っていたらしい。 彼の話では 8’00”以上が“ガン”だそうだ。
ボクたちは彼に、今のボクたちの実力、そして、ボードを使用する場所が日本の四国、和歌山、日本海であること、だからガンは乗りこなせないしボクらには必要でないことを説明した。
「説明した」というとカッコよく聞こえるが、実際はほとんど英語が話せなかったので、ジムと一緒に来てくれていた日本人の奥さまが通訳してくれ、なんとか伝えることができたのだ。

その翌日からシェープが始まり、工程を見学させてもえることになった。 シェープが終わるとグラッシングだ。 グラッシングはその世界では第一人者であるジャック・リーブ氏が担当してくれることになった。
けれど、ジャック・リーブ氏は多忙で、ボクたちのハワイ出発までには仕上がらないことがわかった。
ジムが発送してくれることになった。
帰国後 1 か月ほどして、ボードが届いた。
早速、四国の中村(今の四万十市)へ行った。
テイクオフがものすごく速い。
ターンも、じっくりとボードを沈めると綺麗なカーブを描くことができる。 さらに、このボードによって、それまでトライフィンで伸び悩んでいた点を超えることもできた。

圧巻だったのは、その年 8 月の和歌山だ。
台風スウェルが入った南紀の下里やゴロゴロでは、オーバーヘッド~ダブルといった大波が入る。 ほとんどのサーファーがトライフィンのガンタイプを使用していた。 ボクは迷わずオウル・チャップマンのシングルフィンを選んだ。 セットを何本もキャッチでき大きなドライブターンを繰り返した。 海から上がると何人かのサーファーがボクを褒めてくれ、「ボードを見せてくれ」と言ってきた。

中でも最も印象深く嬉しかったのは、声をかけてくれたサーファーのひとりの、こんな言葉です。

「格好良いですね!
今日の波を一番スムーズに良いターンをしていたのはあなただ。
こんなボードは見たことがない」
(当時は今と違ってトライフィンばかりだったのだ)

今も、波のサイズが上がった時にこのボードを使っています。 ボクの波乗りのスタイルを作ってくれた 1 本です。

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